気配りと心配りの違いとは?

こんにちは。佐々木です。

昨日今日と、子どもたち向けの教材を作っていたのですが、テーマが「おもてなし」なんですね。英語だとHospitality.

おもてなしというのは日本の文化で、「和を以て尊しとなす」という聖徳太子の言葉から生まれたなんて説もあるそうです。(子どもたちに何かを教えようと思って調べていると、こっちも知識が増えるので楽しい...。)

そこで、おもてなしの「3配り」というものがあることを初めて知りました。皆さんなんだかわかりますか?

3配り、とは「目配り」「気配り」「心配り」

目配りは、「困ってる人がいないかな」とかいろいろなところに目を向けること。これは、なんとなくわかるんですが、気配りと心配りって何が違うんでしょうか?

ん~っと思ったので調べてみると、違いは「視点」のようです。どゆことか。。

まず、気配りができる人というのは言い換えると親切にすることで自分も相手もよい気持ちになることを目指しています。変な言い方ですが、自分が人に良いことをする、良いことをしてあげたい、という「おせっかい」も気配りの仲間みたいです。

対して、心配りというのは、視点が「相手」です。相手の気持ちになって物事を先取りしてあげる感じですね。自分がその人だったら、どう思うか、が最優先に来ます。

なんでそういう話をしてるかというと、親子の付き合い方、大人と子どもの付き合い方もこの辺にコツがあるんじゃないかと思ったから。

僕ら大人はたいてい「良かれと思って」子どもたちのことを気づかい、助言をしたり、苦言を呈したりします。でも、実は私たち大人が主観的に「よかれ」とおもってやったことも実は子どもにとってはマイナスになることだってあるのではないか、とか。つまり、心配りがたりないんですよ。

危ないことは、けがをするからやめなさい。そのコンテンツは大人すぎるからやめなさい。という、子どものためを思った保護者の視点がかえって学習や成長の邪魔になってしまったり。

僕がもし、今「小2のこの子だったら...」と考える(心配りをする)だけで、アプローチや接し方はだいぶ違ってくるのではないかとか、思ったわけです。

心くばりは「心配(しんぱい)」と書きますよね。もしかしたら、心配っていうのは、単純に不安な気持ちになったり、おろおろするだけでなく、その子の気持ちになった配慮・アプローチを考えることなのではないか、とか、考えが広がっていきます。

子どもの目線、、大事ですね。


そういえばHoSAのメンバー限定のイベントとしては、やっぱり子ども同士が直接会って遊ぶ機会なんかも提供したいなと思っています。

子どもの国でのMeet Upイベントなんかもできたらいいですね。みなさん、どう思いますか~?

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