ジブリ作品:猫の恩返しをみて
ルミオハナでは「キッズリトルチャー」という取り組みをスタートしています。
ある作品を一緒に見たり読んだりし、それについて議論を深めるアクティビティです。
「子どもたちの想像力を高め、世界をより美しくみられるような学習環境を作りたい!」そんな気持ちで進めているプログラムです。
さて、今回子どもたちが挑戦したのはジブリシリーズの「猫の恩返し」。
主人公の女の子「はる」がある日、道端で轢かれそうになっていた猫を救います。その恩返しということで猫の国に連れていかれるはる…。
しかし、猫の国は「自分の時間を生きることができないもの」が行く危険な場所だったのです。
小さな冒険をめぐって主人公の心情が変化していく様子を子どもたちはどう感じ、解釈するのか…。
頭フル回転の小学生たちが「見えないメッセージ」を見つけに行きます。
taka
物語では、主人公のはるが小さい時「猫と話した」といっていたよね。もし自分が猫と話せるとしたら、みんなはどんなことを話してみたい?
toa
私は友達になろうっていうかな。一緒に鬼ごっことかブランコとかしてみたい。あとは算数を教えて頭良くなってもらう。服も着せたいな。
kairi
うちは、どんな遊びが好きか聞いてみたい。ボール遊びとか一緒にやりたいな。
taka
たかさんだったら、まずはトイレはトイレでしてっていうかな。あと話せたら門限とか言って、外で自由に飼えるね。
kairi
たしかに!ゲロするときもね。説得してお風呂も入ってもらったり。笑
toa
あと自分自身も猫になって見たい!白い猫。
taka
なるほどねー。言葉がわかると猫へのお願いが増えそうだね…。では次の質問。はるが小さい時に猫と話した時、猫は「世の中生きて行くのが大変」と言ったよね。どんなことが大変なのかな?猫の気持ちになって考えてみよう。
toa
のらねこだから食べものを取るのが大変とか?寝る場所を探すのも大変だと思うよ。
aki
冬はあったかいところを探すのも大変。
kairi
他の猫にいじめられないようにするとか。
taka
たしかにのらねこは家猫と違って食べ物とか住む場所をさがすのは大変そうだね。
自分の価値観でものを見て、見たものをそのまま発信するというのはスムーズにできるようです。話はここから、「書かれていない」抽象的なものへ…。
taka
友人と掃除当番を代わったあと、校舎裏ではるは猫の国の使者にあいます。「猫の国に招待する」と言われたはるは少し考えてから「猫の国もいいかもね」といいました。この不自然な間で、はるは何を考えていたと思いますか?
aki
猫の国に行ったら一日中ごろごろできるかもって考えていたのかも。
toa
かっこいい猫の王子と結婚できると聞いていいかもしれない、と思っていたんじゃない?
taka
そうかもしれない。でももう少し深く考えてみない?この時のはるの気持ちってどんな感じだったと思う?
kairi
残念な気持ちというか寂しい気持ち?好きな人に彼女がいて、ゴミもこぼすし、色々うまくいかない。
aki
もう別の世界に逃げてもいいかなとかんがえていたんじゃないかな
taka
お、すごくいいね。そうそう。そういう気持ちを「切ない」って言ったりもするんだけど。はるが持った不自然な間にはそういう「色々なことから逃げてしまいたい」みたいな気持ちがあったのかもね。
キャラクターの視線、間、周囲の状況から行間を読むことができます。こういう学習って実はこれからとても大切になってくると思います。
taka
バロンは心を込めて作ったものには心が宿る、と言っていたよね。バロンも実際には人間の作った置物だったし。こういうの本当だと思う?自分が心を込めて大切にしているものはある?
toa
心が宿るというのはあると思う。今度みんなで実験してみたいね。
taka
実験ね!たしかに心を込めまくったらもしかしたらモノも心を持つかもしれないね!笑。自分のもので大切なものはある?
toa
私はランドセルかな。あとはチップとデールのシャーペンとか。
aki
私は自分のシャーペン
taka
心を込めると、心が宿るっていうのはある意味正解なんだよ。もちろん、ものが意識を持って動くということは考えられないけど、みんなの中で大切にしているものには「あいちゃく」がわくよね。例えば、大切にしているシャーペンと全く同じ新品のシャーペンを上げる代わりに、今大切にしているシャーペンを壊すって言われても嫌でしょ?
aki
うん、それは嫌だ。
kairi
新しいのと交換とか、そういう問題じゃないよね。大切なものを壊されたら悲しい気持ちになる。
taka
そうそう。その気持ちが「あいちゃく」だよ。あと、日本人はモノにも魂が宿るって考える文化があるんだよ。例えばこの目の前にあるケータイを床に思いっきり叩きつけたら、「痛そう」「かわいそう」って思うじゃん?
toa
思う。私知ってるよ。日本は色々なところに神様がいるって考えるよね。
taka
そうなんだよ。だからやっぱり小さなモノでもいちいち大切にして来たし、それが日本人らしさでもあるんだよね。ちなみにものを大切にして最後まで使ったほうが良い、という「もったいない」って言う言葉も英語にはないんだよ。
toa
ええーそうなんだ…。
物語のシーン1つを取ってもかなり深い話ができます。年齢や理解度に合わせて行く必要がありますが、この時点では「なんとなくわかればいいんだよ」と伝えながらゆっくり進めました。
taka
ムタは猫の国は「自分の時間を生きることができないものが行くところ」と言っていたよね。「自分の時間」というのはなんでしょう?
kairi
自分の大切なこと、好きな人と遊んだり、本読んだり。
toa
自分のやりたいことをやらない人がいくところ?
taka
いいね。「自分の時間」っていう言葉の意味に注目してみると面白いよね。反対に自分の時間じゃない時間っていうのはどんな時だろう?
toa
例えば勉強を教えてる時とかじゃない?勉強を教わっている人は自分のための勉強だから自分の時間だけど、教える人にとっては自分の時間じゃないってことかな。あとは自分のことを大切にしてないときは自分の時間じゃないと思う。
かいり
自分の時間っていうのは、怪我をしないように周りに気をつけるときとか?そういう時は自分のことを考えてるよ。
aki
心(のけが)をしないようにしてる、というときもあるよね。
かいり
ああ。嫌なことがあったり、辛いことがあったり、現実世界で嫌なことがあると、そこから逃げたいみたいな気持ちになるじゃん?それで逃げると自分の時間じゃなくなるのかな。
たか
おお!それはいいポイントだね!現実が「自分の時間」でそっから逃げるというのが夢の時間。つまり猫の国、ってことなんじゃないかな??
toa
むずかしいーー!!!!
たか
笑。たしかに。まあとにかく、辛くても大変でも自分の気持ちに向き合うということが大切。それができない人が猫の国に行くってことを言いたいんじゃないのかな。例えばさ、はるが猫の国で変装したバロンと踊っている時、はるは猫に近づいたじゃない?あれは、なぜでしょう?
toa
このまま猫になってもいいと思ったから。ドレスも可愛いし、バロンを見てかっこいいと思ったから、猫になってもいいかもと思ったんじゃない?
aki
あ、はる、現実から逃げてる。
かいり
ああー、だから「このままではダメだ。現実に早く帰ろう。」って言われたのか。逃げてたから。
議論はさらに抽象的な話題に…。ここまでくるともう人間の想像力でしか到達できない領域に。子どもたちの発想力、このまま伸ばし続けてあげたいと本当に強く思います。
たか
ちなみに、なぜ猫の国はずっと昼なのだと思う?
toa
猫はあったかいところが好きだから。
aki
みんなゴロゴロしていたいから。
たか
あーそういうことか!いやなことが一切ない、ずっと快晴!みたいな夢の国なんだね。そして、猫の国から帰ってきたはるは少し変わりました。どんなところが変わったと思う?また、それはなぜだろう?
toa
はるの好きな人が彼女と別れたって聞いても、「ふーん」みたいな。全然気にしてない感じだったよね。たぶんバロンのことが好きになったからじゃない?
かいり
バロンは「君が必要とするまで、さよなら」と言っていたよね。それは嫌なことがあったらいつでも来てくれるってことだから安心したんだとおもう。前みたいにバタバタしなくなって落ち着いてた。早起きもするし、新聞読んだり、朝ごはんをお母さんのために作ったりしてたね。
aki
気持ちの年齢が上がったからだと思う。同学年でも心の年齢が違う人がいるから。
「心の年齢が上がった。」
たか
うん。それはなんでだと思う?
aki
自分の時間を見つけたから。
「自分の時間」という作中の抽象的なキーワードから、「心の年齢」というゴールにたどり着いたみんな。これはすごい発見だと思います。
このディスカッションの後でのおはなし。
この活動の後、子どもたちとは物語を「楽しかった」で終わらせず、深く考えてみることについて話しをしました。
将来登場するロボットたちには行間を読む力はないのだと。だからそのために、「書かれていないことを理解する力」が大切なのだと。
子どもたちはとても真剣に話を聞いてくれました。
また、「100万回生きた猫」の読み方についても話題が広がり、「今まではそう言うお話、としてしか見てこなかったけど、なんで何度も生き返るのかを考えると不思議…。」などと行った声も低学年から聞こえました。
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